今年もお疲れさまでした。ずばあんです。
私はタイトルの通り、2023年末に旅行で鹿児島に行って参りました。X(@zuba_unknown)でも簡単に写真をアップしましたが、当ブログ記事で詳細をお伝えします。
【12.27(1日目)】
(旅程)
長崎駅=(新幹線等)=鹿児島中央駅=(バス)=知覧=(バス)=鹿児島中央駅前
(鹿児島中央駅前のホテル泊)
https://twitter.com/zuba_unknown/status/1739814710021861544?t=qP-C-2NZNoSYfhlpQGqZsw&s=19
(鹿児島到着時のXの投稿)
鹿児島に到着し、まずはバスで知覧(南九州市)へ向かいました。
○知覧○
鹿児島中央駅からバスで約80分で「知覧特攻観音」バス停に到着しました。
この地にある広大な知覧平和公園には、特攻平和観音堂や知覧特攻平和会館などの施設が置かれております。
この場所はかつて第2次世界大戦中に、日本陸軍の知覧飛行場、および神風特別攻撃隊(以下「特攻隊」)などの部隊が置かれた場所です。この場所から当時20歳前後の青年が特攻隊として数多く飛行機に乗り、敵国の戦艦などに突撃し散ったのです。WW2終戦後、特攻隊は解散させられ飛行場は農地などに転用されました。
その後知覧の飛行場跡地には1955年に特攻隊員慰霊のための観音像が安置された特攻平和観音堂が作られ、1970年代から1980年代にかけて隣接地に、知覧飛行場の歴史や特攻隊員の遺品を展示・紹介する知覧特攻平和会館が整備されました。
この2つを擁する知覧平和公園内にはそのほかモニュメントや公共施設、公園、食事処などが整備され、園内街路には噴水や桜並木、灯籠が設けられております。
知覧平和公園はかつての陸軍知覧飛行場の格納庫の場所に当たりますが、その周辺にも知覧飛行場時代の施設等が今日まで残されてます。
https://twitter.com/zuba_unknown/status/1739934801543778354?t=bA_A7pbWMClnvE-Xeu_Rlw&s=19
(投稿の写真の1枚目が特攻平和会館内の零戦残骸の展示)
・知覧武家屋敷
知覧平和公園から北へ1.5km行くと知覧の中心街に入ります。中心街には江戸時代からの武家屋敷が数百メートル延びております。石垣と生垣を組み合わせた塀が伸びる街並みは調和がとれ、伝統が生きる雰囲気の良い風景でございます。
観覧可能な屋敷の庭園は、どれも自然や造形のバラエティに富むものであり、バックの山々との調和がとれたものでした。鹿児島という南国の気候を活かしソテツなどを使用している庭園も多かったです。
案内文によると、知覧の屋敷の庭園の様式は琉球からの影響を強く受けており、門から玄関が直接見えない造りや街路の魔除けの石(石敢当)に代表されるとのことでした。
この知覧の武家屋敷は18世紀頃に整備されたもので、知覧の領主・佐多家が当時知覧の港と交易していた琉球にあやかり整備させたといわれております。
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(投稿の写真2・3枚目が知覧の武家屋敷)
武家屋敷を見学し、私はバスで再び鹿児島市内へ戻り、中央駅前のホテルで宿泊しました。
【12.28(2日目)】
(旅程)
【12.28】
鹿児島中央駅前=(バス)=鴨池港~(フェリー)~垂水港=(バス)=鹿屋=(バス)=根占港~(フェリー)~山川港=(バス)=指宿市内ホテル
朝早くから鹿児島市内を出発し、市内の鴨池港からフェリーで40分かけて大隅半島の垂水港(たるみずこう)に渡りました。
垂水港から鹿屋行きのバスに乗り替え、40分ほどで鹿屋市の海上自衛隊鹿屋航空基地に到着しました。
・鹿屋航空基地資料館
https://twitter.com/zuba_unknown/status/1740307967508181129?t=mC3v7Gl9pbE1utjQrUXsgQ&s=19
(投稿の写真の1~3枚目が航空基地資料館)
広大な鹿屋航空基地のそばに、鹿屋航空基地資料館がありました。
資料館には屋外に数多くの海上自衛隊で使用された航空機が展示されておりました。ヘリコプターや訓練飛行機から大型の輸送機、救難飛行艇まで様々な用途の機体がありました。
資料館の館内では、鹿屋航空基地と周辺地域の歴史のほか、旧日本海軍にまつわる人物(東郷平八郎など)や出来事に関わる展示、そして旧海軍から海上自衛隊までの航空部隊の歴史や使用された制服、装備が展示されてました。
その後私は鹿屋からバスで1時間かけて根占港に向かい、そこからフェリーで45分で薩摩半島側の山川港に渡りました。フェリーからは綺麗な円錐形の開聞岳を見ることが出来ました。
山川港からバスに乗り30分で指宿市内に到着しました。
この日宿泊したホテルは指宿市の浜辺にあり、海を挟んで対岸の大隅半島が見えました。チェックインしてすぐにホテル内にある砂蒸し風呂に行きました。
砂蒸し風呂は下着と専用のガウンのみを着衣すると、砂を掘ったところに仰向けになり、スタッフの方に砂をかけてもらいます。地熱の作用により身体がすぐに暖まっていき、汗がどんどん出てきます。15分経ち十分身体が暖まったところで砂蒸し風呂から出て、シャワーを浴び砂を流しました。
【12.29(3日目)】
指宿=(バス)=開聞岳周辺=(バス)=長崎鼻=(バス)=指宿駅=(JR)=鹿児島中央駅=(市電)=鹿児島市内ホテル
朝ホテルを出発し、バスに乗り開聞岳近くの枚聞(ひらきき)神社に向かいました。
・枚聞神社(ひらききじんじゃ)
https://twitter.com/zuba_unknown/status/1740656593786867851?t=ocxPBxC54K6c-hXZYwOWCg&s=19
(投稿写真の1・2枚目が枚聞神社)
赤く大きな鳥居を構え、古風な緑屋根に赤い柱・壁の社殿を配し、背景に開聞岳を臨む境内。昔ながらの落ち着いたかつ荘厳さを秘めた枚聞神社はこの地に少なくとも和銅元(西暦710)年頃にはあったといわれており、古来から朝廷や薩摩島津家からの手厚い保護を受けて来ました。
宝物殿には国重要文化財である、梅松蒔絵櫛笥(うめまつまきえくしげ)や大酒甕など室町時代から江戸時代に作られ、枚聞神社に納められた由緒ある貴重な所蔵品を拝観できます(拝観料あり)。
枚聞神社からは開聞岳東麓の県道を南へ約5キロ歩き、開聞山麓自然公園に向かいました。
・開聞山麓自然公園
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(投稿写真の3・4枚目が山麓自然公園)
この公園は、名前の通り開聞岳の南東の麓に位置する自然公園です。園内にはフェニックスやソテツ、サボテンなど南国の植物が生えているほかトカラ馬というこの地域特有の馬が放牧されております。鹿児島独特の自然を味わえます。
園内は山麓にあるためそこから眺める長崎鼻~東シナ海の風景は開放的で格別です。
(入場料は大人370円)
自然公園入口からバスに乗り10分足らずで薩摩半島最南端、長崎鼻に着きました。
・長崎鼻
https://twitter.com/zuba_unknown/status/1740657304629096465?t=JgdeXmnxSSPMcY-ms6fuVg&s=19
(X投稿写真)
長崎鼻には動植物園である長崎鼻パーキングガーデンのほか、龍宮神社、長崎鼻灯台があり、岬の先端には千畳敷の岩場が広がっております。
岬へ行く道を右に向けば、海に臨む開聞岳が見えます。
龍宮神社はこの地に古くからある龍宮伝説にまつわり、貝殻に願い事を書き奉納すると願いが叶うといわれております。
長崎鼻灯台は白色の姿が陽光と目の前に広がる海に調和しております。灯台下から階段を降り千畳敷の岩場を歩けば水平線に近づけます。
長崎鼻は観光地として整備され、お土産屋が立ち並んでおります。店からは長崎鼻のご当地ソング「南国情話」が流れます。
https://youtu.be/MGG1xeMF8tY?si=ze3H8QzLey8iG2jl
(南国情話)
長崎鼻からバスで指宿駅に向かい、さら指宿駅からJR指宿枕崎線で鹿児島中央駅に向かいました。駅前から鹿児島市電に乗り天文館へ向かい、天文館近くのホテルにチェックインしました。
夜6時頃食事のため外に出ますと、天文館は沢山の人でごった返しておりました。南九州一の大都会らしい有り様です。天文館公園にてライトイルミネーションが施されており、大変きれいでした。
居酒屋で食事した後、天文館から北の方にある照国神社へ行きました。巨大な鳥居の向こうに大きな社殿がありました。私は夜の人気の無い神社を参拝しました。
それから私は城山を歩いて登りました。展望台に到着すると、眼前に鹿児島市内の夜景が広がっておりました。
https://twitter.com/zuba_unknown/status/1740840487974793587?t=n3uYmNfe9rENX40I8K5naw&s=19
(Xより城山から鹿児島市内の夜景)
その後、城山から岩崎谷に降りる道を行くと、道中に13地蔵や西郷隆盛潜伏洞窟がありました。
岩崎谷に降りると、国立鹿児島医療センターがあります。ここは薩摩藩の私学館があった場所であり、敷地の石垣には明治11(1878)年の南西戦争時に付いた弾痕が今でも残ります。
国道3号線を照国神社方面に歩きますと、右手に鹿児島城(鶴丸城)跡の濠と石垣を見ることが出来ます。城跡を過ぎたところで西郷隆盛像が見えました。
更に進むと左側に中央公園と古い鹿児島県教育会館の建物が見えます。そして照国神社前交差点に戻ります。
私はそこから天文館でまた飲み直してホテルに帰りました。
https://twitter.com/zuba_unknown/status/1753773657179169059?t=UxU9jlWGn2aVCazXGikcLw&s=19
(X投稿、1枚目・天文館公園のイルミネーション、2枚目・照国神社、3枚目・銃弾残る旧私学館石垣、4枚目・西郷隆盛像)
【12.30(最終日)】
鹿児島市内=(バス)=鹿児島港桜島桟橋~(フェリー)~桜島~(フェリー)~鹿児島港桜島桟橋=(バス)=仙巌園=(バス)=鹿児島中央駅=(新幹線等)=長崎駅
天文館のホテルを出た後、私はバスで桜島桟橋へ、そして桜島フェリーに乗りました。
桜島フェリーで15分で桜島に到着しました。午前中は桜島観光です。
・桜島
https://twitter.com/zuba_unknown/status/1741055200876691656?t=tQjRnU6ioSO4MrRrYBLTGA&s=19
(X投稿写真)
最初に行ったのはフェリーターミナル近くの月讀神社でした。月讀神社は1300年の歴史を持つ神社ですが、大正3(1914)年の大噴火で月讀神社が集落もろども溶岩で埋まりました。その後神社は移転し、昭和15(1940)年に溶岩上の今の位置に移りました。
この後は観光遊覧バスに乗り、湯の平展望台へ上がりました。バスの道中では長渕剛桜島ライブの地である赤平展望所や、火山灰対策の屋根が付いた墓を見ることが出来ました。
標高350メートルほどの湯の平展望台からは眼下に桜島の町と錦江湾そして対岸の鹿児島市や姶良市方面の風景が一望できます。反対側を向いても、マツが生い茂る溶岩上の森と中岳を望めます。
バスで再び桜島中心街へ戻りまして、今度はビジターセンターに向かいました。ビジターセンターでは、桜島の火山活動や歴史上の大規模な噴火、それに伴う自然や島民の生活への影響を解説する展示をしていました。今まで見てきた桜島の溶岩原やマツの森、町並みを思い返しながら解説を読みました。
その後近くにある足湯に浸かり、その後はフェリーに乗り再び鹿児島市内へ向かいました。船内にはうどん屋があり、そこでごぼう天うどんを食べました。フェリーの航行時間は15分と短いのでさっと食べました。
桜島桟橋に到着し、徒歩で岩崎谷へ向かいました。そこからバスに乗り、仙巌園(島津家別邸)へ向かいました。
・仙巌園
https://twitter.com/zuba_unknown/status/1741056638403145852?t=TQYFvgkrJ2c2JRf4Od8N-w&s=19
(X投稿写真)
仙巌園は目の前の錦江湾と背後の台地の斜面に挟まれたところにある島津家の庭園、邸宅です。
広大な屋敷、庭園は和風の落ち着きと彩りに満ちており、豪華ながらも閑静な雰囲気を醸し出しております。敷地内の斜面には神社や祠が安置され孟宗竹の林があると同時に、南国風の亜熱帯植物が植えられており、鹿児島というと地に根差した日本の風景が広がります。
島津家庭園の隣には、集成館という島津家の偉業を紹介する博物館があります。こちらは元は紡績工場だった建物を利用しています。私が訪れた時は本館は耐震工事中で別館のみの見学でしたが、島津家の伝統に関する展示を見ることが出来ました。
細長い園内には歴代の島津家の人々の生活、武の鍛練、文の洗練、学術研究、産業振興の軌跡が残されております。
それから仙巌園から鹿児島中央駅まで戻り、駅から長崎まで新幹線で帰りました。
【おしまいに】
私が鹿児島県に行ったのは、高校時代の部活遠征で鹿児島市に行ってから10年以上経って2度目でした。特に大隅半島や指宿は全く行ったことが無かったので、本当に新鮮な旅でした。
今回は鉄道・バスで行ける所に主に行きましたが、もしもレンタカーを借りていれば、行けた所も多いかなと思いました。
また行きたいと思う場所も多く、次来るときはまた違った発見が出来ればと思います。
今回も記事を御覧いただき誠にありがとうございました。
2024年2月3日