ずばあん物語集

ずばあんです。作品の感想や悩みの解決法などを書きます。

毎年被爆者祈念する意味とは

    こんにちは、ずばあんです。

 

    広島・長崎への原爆投下から77年経ち、第2次世界大戦が終戦してからも77年経とうとしております。毎年平和記念式典が開かれ、学校では平和学習が行われております。私も小中高と長崎で生活しておりましたので、原爆投下の日の8月9日は毎年登校し集会を行い、学習資料や訓話を見聞きし、投下時間の11時2分には黙祷をしました。小学校の時には校内の原爆の慰霊碑に線香や献花を捧げていた覚えがあります。

 

    正直に言いますと、学校の登校日は既に学校予定に組み込まれているから行っているのであり、特に自分から被爆者を祈念する意図はありませんでした。その証拠に私が他県で暮らしていた時期は平和祈念の式典や行事に参加することはなく、8月9日には普通の日常を過ごし1日が過ぎておりました。

 

    まず広島や長崎以外の多くの人にとって原爆投下や被爆というのはいわゆるどこかで起きた可哀想な出来事であり、自分達の生活や人間関係とはほとんど影響の無いことなのです。もし広島・長崎の事が関心の種に上がるとすれば、核開発や核戦争の脅威のアイコンとなる時くらいです。

 

    しかし、私が会った人の中には、平和を祈念することを胡散臭く思う人もおりました。その人にとっては被爆者ではない人や世代が、平和運動をすることが胡散臭く、金のためにやっていると思っているそうです。その人は福岡県出身で、親族に東京大空襲の犠牲者の遺族がおり、その犠牲者の親族の慰霊に毎年付き合っているそうです。

 

    私はそれ以来自分が長崎時代に被爆者祈念の行事に参加し、そして大学進学で長崎を離れ特に何か祈念らしいことをしてないのを気にし始めました。私が生まれた故郷で物心つかないことから当たり前のようにやってきて、故郷を離れて自然とやらなくなったことは胡散臭く汚ないのか、と私は自分の人生が汚れ滑稽なものに思ったのです。

 

    しかしながら、この被爆者の祈念という行為について「私にとって」どういう意味があるかを考えたときに、長崎原爆投下の犠牲者の慰霊、世界平和や核の脅威の撲滅のシンボル、としての意味以外にあるのではと思いました。

 

    ではそれが何かを大きく分けて2つ上げます。

 

①原爆により殺された自分の家族や友人への慰霊

 

    実は私は長崎での原爆により曾祖父が原爆症になり、原爆から数十年後に病死しております。私は1990年代前半生まれで、曾祖父の死から何十年か後に生まれ、曾祖父の姿は見たことはありません。

    しかしながら私の親の世代や祖母の世代ではその曾祖父のことを覚えている親戚がおり、曾祖父の人となりやその出来事を聞く機会は少なからずありました。曾祖父を見たことはなくとも曾祖父の人生は私の親戚を通じて感じ取れるのです。

    毎年お盆には曾祖父も入る私の一族の墓のお墓参りをし御霊を供養します。私の生に関わっている一族ですので、これは私の人生にとって欠かせないイベントです。

    そんな一族の一人が原爆により病魔に飲まれ亡くなったことは私の人生が傷つけられているのと同じです。放っておけば沈黙の暴力に呑まれつぶれるだけです。そのため、原爆による理不尽による被爆者のそしてその遺族の人生の痛みを供養するために、このイベントがあるのです。

 

    また、私の家族のみならず「会えなかった友人」の供養でもあるのです。原爆では長崎の場合、 当時の人口の24万人のうち7万人の市民が原爆により命を落としました。凄まじい被害であるとこの数字から分かります。ではもしこの人たちが原爆で殺されず生きてたら、その子孫も当然生きてたはずです。この時亡くなった若者の3・4代ほど後が私達の世代ですので、生まれるはずだった我々の世代の少なからぬ数が消えているのです。この事は、高校の部活の先輩が原爆について話していたときに出てきたことです。

 

    被爆者の慰霊をする時に慰めているのは、間違いなく私の家族であった祖先と、もしかしたら友達として現世で会えたかもしれない人なのです。   

 

    ②わが郷土の歴史を大事にするため

   

    皆様それぞれのお住まいのところや故郷には郷土史があるはずです。「~年、○○町町制施行」「~年、○○自動車道開通」「~年、○○水害発生」など、歴代の様々な出来事が口伝えまたは形に残るもの(石碑や書籍)で残っているはずです。その土地で長く過ごしていると伝え聞かれる話はあります。

 

    特に災害関連では様々な言い伝えや祈念碑が遺されている例は多く、犠牲者を悼む式典も長らく行われる例も多いです。第2次大戦の戦災の場合も空襲が激しかったりした地域では今もその関連の歴史的資料や祈念式典が執り行われることが多いです。

 

    広島や長崎の例もそれに漏れず、広島の原爆ドームなど地域の歴史をありのまま残しております。被爆者祈念もその一つであり、広島や長崎の長い歴史の1シーンを忘れないための営みなのです。これは平和活動や核廃絶運動という政治的な活動と結びつけられておりますが、私からすればよその地域のどんたくやだんじりという祭りと本質的に変わらないと思っております。

 

    長崎は室町時代まで小さな漁村だったのが、1570年頃に大村藩の外港として開かれて以来港町としての歴史を歩んできました。鎖国下の唯一の貿易港や明治期からの工業都市としての開発、さらに観光都市として発展していく歴史を歩んできました。その歴史の途中での出来事がこの原爆投下なのです。

 

    良いこともあれば良くないこともあったこの地域の郷土史を大切にするために、すなわち自分のアイデンティティを構築するものを守るためにこの出来事を忘れない営みは大切なのです。都合良く忘れてということは難しいのです。

 

    もちろんそれを忘れるという生き方を選ぶ権利もあり、それが出来る人もおります。しかし、私にはそれが出来なかったですし今後も難しいと思います。だから、公言するにせよ秘密にするにせよ、私は「これ」を持ちながら生きていくでしょう。

 

 

 

 

 

 

   ・・・ さて私は今後この被爆者の追悼というところに人生の礎を感じ拠り所としつつも、時に風当たりの強い所で居心地の悪さを感じることもあるでしょう。これは私がたまたま生まれた人生の、しかし掛け替えの無い捨てがたい人生の構成要素であると思っております。

 

    一部の人にとっては、それがどのようなアイコンやレッテルで認識されているかの方が大切であり、それが全てかもしれません。ただそれだと私の人生が壊れてしまいますので、適度にそちらと付き合いつつ自分の人生を作っている程度の被爆者の祈念はささやかながらしたいと思います。

 

    それでは今年も原爆の炎で傷ついた方々に慰めと慈しみの気持ちを捧げたいと思います。

 

    これまでもそしてこれからも原爆で焼かれた皆さまの人生がこの世界で生き続けますように・・・

 

   今回も最後までありがとうございました。

 

 

2022年8月9日

77回目の長崎原爆の日にて

    

 

 

【読書感想】「海と毒薬」&「悲しみの歌」遠藤周作

    こんにちは。ずばあんです。

 

    本日は遠藤周作の2著作の感想を述べていきます。

 

    その2作とは「海と毒薬」(1958)と「悲しみの歌」(1977)です。この2作は一繋がりの物語となっており「海と毒薬」が前半、「悲しみの歌」が後半となっております。

    そのため今回この2著作の話は「海と毒薬・悲しみの歌」というひとつの話として紹介いたします。

 

    まず「海と毒薬」は遠藤周作の作家活動の初期の作品です。この作品は実際に第二次大戦中の1945年に起きた「九州帝国大学生体解剖事件」をモチーフにした作品です。

    その事件は九州帝国大学(現:九州大学)医学部で当時の大日本帝国軍の指示により、捕虜となった米軍兵士に、秘密裏に生体・解剖実験が施されたという出来事です。事件により九州帝国大学関係者や帝国軍関係者は戦後の裁判で処罰されました。

   「海と毒薬」はこの事件を元に、第二次大戦中の九州の医科大学のある学生が学内の秘密の生体解剖事件に関わる様を描いた作品です。

 

    続いて「悲しみの歌」は「海と毒薬」の続編に当たります。

    1975年の新宿を舞台に雑然とした街の様々な人々の姿を描きつつ、「海と毒薬」で生体解剖事件に関わった元学生の医師のその後が語られます。

 

 

 

【内容】

 

※ネタバレあり

 

(海と毒薬)

 


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    1950年代の東京の郊外の街にある夫婦が引っ越してきた。旦那は気胸の持病があり当地で医師を探していた。すると近隣住民から不気味だが腕の立つ医師を紹介される。旦那はその医師の医院に罹る。その医師の名は勝呂(すぐろ)といい、陰気で淡々とした印象ながら的確な処置を旦那に施す。 

    旦那は後日近所の人間から勝呂が過去に人体実験に関わり有罪判決を受けていたという噂を聞く。

 

    時は遡り1945年の福岡のH大学医学部、戦争の色が濃く空襲も多い最中、医学部のある研究室に医学生の勝呂と戸田がいた。彼らは研修医であり、勝呂は重い肺病の高齢女性の担当となった。

    大学病院には上田という女性看護師がいた。上田は一度結婚し満州で暮らしていたが、夫婦間の不和から離婚し福岡に移り看護師として働いていたのだ。

 

     H大には大日本帝国軍の幹部が出入りしていたが、実は大学と軍部が手を組み捕虜の生体解剖実験が行われていたのだ。勝呂ほか大学の人間は様々な背景、思惑を元に解剖実験に手を出していく。

 

(悲しみの歌)


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    1975年新宿、朝晩色んな人が動き続ける街だ。

    この街に勝呂という56歳の医師がいた。彼は不気味な印象ながらこの街で開業医をしていた。彼は戦時中捕虜の人体実験に関わり実刑を受け、その後は過去の業を背負いながら各地を転々としていた。

    勝呂は訳ありの患者の中絶手術を密かに行っていた。ある時ハナ子という若い女性の中絶手術を行うが、ハナ子を孕ませた男子大学生の山崎と林は勝呂の医院に忍び込み勝呂の過去を知る。

    ある日ガストンという浮浪者のフランス人が勝呂の元にやってくる。彼は病気の老人のナベさんをつれてきた。勝呂はナベさんを診るが末期ガンであった。勝呂はナベさんの治療をするもモルヒネでガンの痛みを和らげるのがやっとであった。ナベさんはガンの痛みに耐えきれず安楽死を請い願う。そして勝呂はある日密かにナベさんに安楽死を施した。

 

    後日大手新聞にて勝呂の過去について暴露される。それにより勝呂の医院には嫌がらせが相次ぐ。ある夜、大手新聞社の折戸という記者が勝呂の元に訪れる。折戸は山崎や林の話から勝呂の過去について調べ記事を書き、また今回の安楽死の話を嗅ぎ付けてきたのだ。勝呂は絶望のなか折戸の話を否定しなかった。そしてその夜勝呂は近所の神社で自害を図る。臨終間際、勝呂は涙を流し悲しむイエス・キリストの姿を見る。

    翌朝勝呂の遺体が見つかりガストンは嘆き悲しむ。そこに表れた折戸は勝ち誇ったような発言をするが、それに構わずガストンは勝呂のことを追慕する。

 

    ガストンは勝呂の医院を去り、早朝の新宿の街で泣く女性を見つける。地方にいる彼女の息子が瀕死の状態らしい。ガストンは彼女を慰め、神に彼女の息子が助かることを願うのであった。

(終わり)

 

    ざっとこのような話ですが、中々救いのない話のように一見思えます。主人公の勝呂は戦時中の答えのない疲弊のなか戦争犯罪に巻き込まれ、その後もその責任を問われ続け何も信じず人生のよどみや濁りを覚えたまま自害しました。

    しかしながら、神という存在がいなくていいのかというとそれも違うかもしれません。神は然るべき所にいて信者のことを見守っておられる、その事が「海と毒薬」「悲しみの歌」のテーマだと言えます。

 

 

【感想】

 

 

    この「海と毒薬」と「悲しみの歌」は日本人にとっての宗教や神様、そしてキリスト教が何かを、苦境や日常生活に反映させて描いた作品であると思いました。

 

(1) 海と毒薬

    まず海と毒薬では、第2次世界大戦中の苦しい世相で疲弊する勝呂らの様子が描かれます。その中で理不尽なことから抜け出したい登場人物は、その気持ちを打破するがごとく捕虜の生体解剖実験に参加するのです。

    彼らには特に強い信仰心や帰依心はありません。浄土真宗を信じ日々お経を唱える患者や敬虔なクリスチャンである外国人看護婦のヒルダが作中に出てきますが、これらは辛気臭いものや説教臭いものとして描かれます。宗教的な有り難みとは対極の印象です。これは宗教に対し現代日本人の感じる「胡散臭さ」を表したものでしょう。

    科学の時代でなぜ神を信仰しなければならないのか、神という理不尽な世界の創造主が何の酔狂で施しを行えるのか、その神を崇める教団は何のつもりでこちらに関わってくるのか。言葉は厳しいですが、宗教や神に対してぶつけられる不信感というのはこういうものだと思われます。

昨今もカルト宗教・教団に対する厳しく鋭い批判が各所で沸き起こっておりますが、そもそもある宗教をカルトでは無いことを証明し区別することは難しいものです。それで宗教や神を疑う考えが異常な考えとは思いません。

    一方で、戦時中のやるせない苦しみの中で際立つ人生の理不尽さは存在しておりました。勝呂は受け持ちの重度の肺病の患者を経過を観る他ない葛藤に苛まれておりました。戸田は優等生の座を転校生に奪われた時のトラウマがありました。上田は1度目の結婚先で冷遇され離婚した過去がありました。それらは人生における傷で深くなかなか消えないものです。

    どれだけ日本が近代化しようと日本人が人生の傷や苦しみから解放されたとは言えないのです。人生の傷なんて非科学的な事を持ち出すなという「合理的」な考えもありますが、むしろそれがかえって心身の不調を招き健康を損ね数あまたの病気の原因となっているのではと思います。私達はいまだに人生の傷や苦しみに蓋をするか直面するかという行動を求められているのです。

   

    本来、海と毒薬は後編が出される予定でしたのでこれは「前編」に当たりますが、「前編」では現代日本人が宗教に対して感じるマイナスのイメージと、人生の苦しみの深さを描いております。

 

(2)悲しみの歌

    続いて海と毒薬の続編である「悲しみの歌」ですが、ここでは勝呂のその後を描いております。勝呂は自分が犯した「罪」に追われながら各地を転々と移りながら医者の仕事を続けてきました。その中で勝呂は人生に疲れ、自分の身の潔白を証明したり言い訳することも億劫になっておりました。

    そして、重度のガンの患者をまた殺すことになりそれを新聞社に嗅ぎ付けられ、自らの人生の業とともに勝呂は自害します。

 

    ここに至るまで出てきた神や宗教の影は、あるページが破られた聖書、勝呂がキリスト教への勧誘を断るシーン、そしてガストンが神に祈り、問いかけるシーンがあります。それら神や宗教は、勝呂の重い人生を鑑みれば吹けば飛ぶほどの無力さや存在感の無さを感じます。

 

    勝呂の人生や神への信仰とは対称的に享楽的で猥雑な新宿の街が描かれます。そこに出てくるのは自己中心的で生意気で小悪党な大学生、権威主義的で自身の体裁のみを気にし家族を顧みない大学教授、道行く男性をそそのかしタダ飯を食べて逃げる浮浪少女・・・などけしからん人間ばかりです。(正直言えば45年も前の50代男性の基準でですので、一部に関してそれは男女差別では?!と思う所もあるのですけども)

 

    こうしてみると勝呂のような人生の傷や苦しみを背負った人間は近代の功利主義的な世界でどれだけ「都合が悪く」「汚らわしい」のかが浮かび上がっていると思います。大手新聞社の若手記者・折戸は戦後(昭和20年代)生まれであり、「悪辣非道な戦時日本」を糾弾・総括し平和で新しい近代日本を開拓しよう、という意気込みが強い男です。しかし、そこには折戸もまた戦時中に戦争を起こした日本人と同種であるという自覚がなく、何の根拠もなく自分達の世代は綺麗な人間であり裁定者であるという傲慢さがありました。人の表層のみを見て、勝呂を糾弾し死に追いやり、自分は悪の蔓延る世界に革命を起こしたのだという「革命ごっこ」に酔いしれているのです。

(もちろんこれは戦後世代は平和運動をする資格が無いという意味ではありません。実体験を絶対の要件にすることこそ傲慢さで平和運動を腐敗・頓挫させると思います。しっかりとした知識や見識、覚悟があれば平和運動をしていいのではと思います)

 

    これは私個人の意見ですが、今の時代というのはクリーンで歪まず、不満がなく、苦労をせず要領が良いものが崇拝され信用され、それ以外のものは処分しようとする流れがあると思います。私もそれで言えば不器用でがむしゃらにみっともなく地味に生きているので、この時代や世界から消えるべき人間の方かもしれません。無限に問われる穢れへの審査は、現世で生存する上でこの世界の法を作ったものから強制されたものと言えるでしょう。

 

    では勝呂は死ぬべきであり、信仰に値する神はいなかったのかというと、それは勝呂の臨終間際で現れたイエス・キリストの姿に答えがあったと思います。勝呂は最初はそれをガストンが泣いているものと思いましたが、それはイエス・キリストを名乗りました。そしてイエスは勝呂に慰めの言葉をかけました。勝呂はキリスト教に入信しませんでしたが、人間が生み出したイエス・キリストとは何者なのかは最期に見ることが出来たのです。

    では結局勝呂のみたイエス・キリストとは何かといえばそれは、自分の矛盾を孕んだ人生を包摂し、人生をあの世に繋げてくれる存在であると思います。それはキリスト教や聖書にあるイエス・キリストではなく、勝呂が敬虔なクリスチャンであるガストンなどから聞いたイエス・キリストのイメージに託した、勝呂が心の底から求めていた存在であると思います。

 

    つまり悲しみの歌でいうという存在は自分の外側において存在の有無が決せられるものではなく、自分の内側におり自分の人生の中で生き人生に問いかけてくる存在なのです。聖書やキリスト教団の語るイエス・キリストとは異なりますが、極限状況でも自分の人生を見てきた存在を悲しみの歌では示しております。個人の人生に注目しそれに問いかけるという営みは無神論者でも行われており、アルベール・カミュの「ペスト」でも主人公・リウーは無神論の立場ながらもペスト大流行で人生を傷つけられ壊される人間への深い慈しみを持ってパンデミックに立ち向かいます。

これが悲しみの歌(すなわち海と毒薬の後編)で示される信仰の価値と神の祝福の本当の意味なのです。

 

 

【おしまいに】

 

    私は基本的には人間は不幸な時には分断され孤立し、他人からは穢らわしく外道として扱われるものと思っております。

 

    世界や自然というのは無秩序で気まぐれで、人間が不幸になったときそれは奥深い殺意を向けて私達を疎外しようとするものです。自然は本来優しいというイメージは強いでしょうが、それは人間の手が加わっている間の話であり、本当に無為にすればとんでもない暴力装置となりうるものなのです。豪雨の時の河川の氾濫、コロナ禍におけるワクチン未接種・マスク未着用など、それを見ても自然が本来優しいとは言えないでしょう。

 

    そんな世界で暮らす人間の人生の尊さを弁護する存在が居なくなったとすればどうなるでしょう。その時は人間は互いに穢れや不気味さを持つ存在として、いじめや暴力、殺人、戦争などが酷くなるのではと思います。だから人間が互いの人生を尊重するよすがはどんな思想・宗旨であれ求めないといけないと思います。

    もちろんこれには100%の正解はありません。あっても失敗することもあり、今回の「海と毒薬・悲しみの歌」のような話が生み出されるのでしょう。ただ、失敗した先でもこの問いを続けることには意味があり、棄てるのは大変な損失であると私は思います。

 

    もし人生に疲れたり、人生の意味を問い直したいという方がいらっしゃれば、この「海と毒薬」「悲しみの歌」を読んでいただきたいと思います。

 

今回も最後までありがとうございます。

 

 

2022年8月7日

 

 

安倍晋三氏銃撃事件に関して思うこと

みなさまどうもお久しぶりです。ずばあんです。

 

今回は8日正午前に起きました安倍晋三氏銃撃事件について思ったことをつらつらと書いていきます。

 

安倍晋三氏は今月10日に投票、開票されます参議院選挙に際し、8日昼前奈良市近鉄大和西大寺駅前で演説中に41歳の男に銃撃されました。安倍氏重篤に陥り病院に緊急搬送され救命措置がとられましたが8日17時過ぎに逝去されました。

 

これは政界を中心に世間に衝撃を与えました。岸田文雄総理大臣は遊説先の山形から東京に即帰還し、涙ながらに遺憾の意を表しました。自民党のほか主要政党は8日当日の選挙活動を自粛し、各党党首は政治的立ち位置

に関係なくこの悲劇に強い批判と安倍氏の無事を祈る(当時)コメントを残しました。

 

この事件に対する感情や意見は人さまざまですが、私自身が感じたことを列挙していきたいと思います。

 

 

安倍晋三氏は殺されるべきではなかった

 

 

安倍晋三氏の死に対しては悲しみ悼む人や殺人という理不尽に憤る人など様々おられると思います。

 

私は安倍晋三氏については長らく国会議員を勤め、かつ戦後最長の8年近く総理大臣を勤められた人物としてこの人の特筆すべき点に関心を抱いてきました。経済政策や外交政策において積極的な政策を次々と打ち出し、強い存在感をアピールしてきました。

かたや森友学園事件や桜を見る会におけるスキャンダルなど様々な疑惑においても騒がれました。

とにもかくにも安倍晋三氏は支持者や非支持者問わず存在感を轟かせた人物であると思います。

 

こういう事を言うのは不謹慎でしょうが、安倍さんがこのような目にあうのは不思議なことでは無いと思いました。近年ネット文化の変容や多様な価値観の対立により他人に憎悪を剥き出しにする空気は膨れ上がり、それを「受容」「黙認」しようという動きもなんとなく感じてました。その中で漏れなく安倍晋三氏も憎悪の対象とされ、理不尽な暴力に倒れたのです。だから安倍氏を殺したのは我々日本国民でもあるとも思うのです。

 

そして安倍氏については死ぬべきではなかったと思います。それは安倍氏が一日本国民であり、日本国民として生を全うする権利と義務があったからです。変な話私は安倍氏は特別な人間だとは思っておりません。2度総理大臣を勤め、2回目は8年近く勤められ、「アベノミクス」という大きな経済政策を実施し成果を上げても、別にそれは安倍氏が日本国民として生きる権利に大きな影響を与えないと思うのです。それは政治家という国民全員の矢面に立ち、上で言ったようにいつ殺されてもおかしくない状況でもそうであると言えます。

それに別側面では、今の政治体制は中世まで戦争や紛争という殺し合いで決着をつけてきたことを、熱く激しい論戦に替えて命までは奪わないようにしてきたといえます。その点でも殺し合いで決着をつけようとした犯人の行為は許されませんし、安倍氏は殺されるべきではなかったと思います。

 

 

②銃による犯罪は許されない

 

 

今回犯人が犯行に利用したのはなんと自作の銃でした。構造は散弾銃に近く電気着火式で発射するようになっておりました。犯行は事前に試射をしており、用意周到に今回の事件を計画していたことが分かります。事件の前日からは安倍氏の行動を追跡し、警備の状況などを見て犯行の機を狙っておりました。

 

今回の事件ですが銃犯罪という点でもあってもならない事件であったといえます。私は学生時代に銃を使うスポーツをしており、銃の扱いにおけるルールや制限についても銃刀法に則りながら勉強しておりました。

 

まず日本においては銃を断り無く持つことが禁止されております。必ず警察署に登録しなくてはなりません。玩具の模造銃でも威力がある程度大きければそれは厳しく取り締まられます。安倍氏を撃った犯人は自作の殺傷能力のある銃を所持している時点で十分アウトです。

次に銃の取り扱い方です。銃は特別な用途(警察官が緊急喫緊な局面で拳銃を取り出す場合など)ではない限り銃口を人に向けることは許されません。弾を込めてなくてもこれは許されません。このことは銃を使う人間の常識であり、これを侵すことは銃の使い方が問われます。安倍氏の事件では銃の銃口をターゲットたる人物に向けておりその時点であり得ないのです。

 

上のような点だけでも正直犯人には憤りを覚えるのですが、銃で意図的に人を殺傷するのはもう外道の行いにしか思えません。

銃を使う趣味やスポーツ、仕事をする人のほとんどはルールを守りながらやっております。ただ、一人でもそれを侵すと他の善良な人も疑いや不信感を向けられるのです。それがあるからこそ私は犯人の外道を許せないのです。

 

 

③カルト宗教の害の大きさは?

 

 

 この事件の犯人は安倍氏を殺害した理由を「母が信仰し一家破産まで貢いだ統一教会を許せなかった。安倍氏統一教会とコネクションがあり日本において影響力が強い。だから安倍氏を殺せば統一教会にダメージを与えられると思った」と語ります。

 

犯人の母親は30年ほど前から統一教会に入信し、家財や親族からの支援を含めて数千万円の寄付を行ってきました。これにより家族は破産し家庭内の軋轢を招き、犯人は進学していた大学を中退せざるを得なくなりました。犯人はそれ以来統一教会に対して強い憎悪を抱き続けました。

 

一方で安倍晋三氏は祖父の岸信介元総理の頃から家族ぐるみで50年近く統一教会とコネクションを持ち、本人も近年は統一教会の会合に参加したりビデオメッセージを送ったりと統一教会と懇意な関係が表れておりました。

安倍氏の一族が統一教会とコネクションを持ったのは、半世紀ほど前に東西間の冷戦が深刻な時代に安倍一族が保守系の政治家一族として、反共産主義を標榜する統一教会と政策面での協力を求めていたからという経緯があるからです。その経緯から安倍一族のみならず自民党の党員も統一教会との繋がりのある人物が多いです。

 

上のような安倍一族と統一教会との関係から犯人は自分の家庭や人生を歪めたと考える統一教会に対してダメージを与えるべく安倍晋三氏を殺害したのです。

 

この部分は別の記事で詳しく語りたいと思いますが、もし犯人の言う発言が本当ならば日本においては「カルト宗教」の害について再考し、それに対して沈黙することがもはや許されない局面に来ていると思います。

 

「カルト宗教」の害とは単に信者から多額の金を集めることではなく、信者やその縁者の人生に歪みを与え、それに宗教団体として責任を持たず頑として沈黙することを指します。それはカルト宗教の底の浅さや器の小ささ、俗物ぶりから端を発し、そのくせ世界宗教と同じ地位や荘厳さによる便益だけを求める営みにより起こると思います。

 

もし国会議員や官僚という有力な立場がカルト宗教の便益のみを注目し、カルト宗教の器の小ささによる害を無視してよい犠牲と考えるのならば、これは一種の公害といえるでしょう。国民が安心して暮らすために必要な権利のひとつである信教の自由を破壊されているのですから。

信教の自由は日本国憲法に示された国民の権利ですが、それは宗教を信じたり「信じなかったり」する権利です。これは宗教団体への加入、脱退の権利も含まれます。それを保証すべく「政教分離の原則」という政治権力と宗教団体の一定の分離が求められております(これは政治と宗教の完全な分離を求めるものではなく、国民の信教の自由を侵さない程度の分離を求めております)。しかし今回のように信教の自由をキャンセルされる人々がいるならばどうでしょう。政治的配慮によりそれが成されるとすれば、それは信教の自由の理念や制度運営に至るまでただのハリボテであったことになります。

 

今回の襲撃事件で安倍氏は殺されるべきではなかったですし犯人の行為は誤りだと思います。ただ、安倍氏と犯人の間の根深い相剋は間違いなくあったと思います。今回明かになった信教の自由とカルト宗教の問題を再考しない限り、もっと凄惨な事案が発生すると思います。

 

 

④選挙の意味

 

 

ここまで強烈な事件を起こす意志というのはどのように処理すればいいのでしょうか。

ここで私は選挙の意味について考えました。民主選挙というのは国民の意見を国政に反映させる制度ですが、やはり多勢を擁する勢力が勝つことになっております。もし自分の票で国政に影響を確実に与えたいのであれば、有力な政党に票を投じたりすることを考えることになるでしょう。白票も最大勢力政党への「黙認」票と考えられるでしょう。

ただ、この選挙という制度はかつて民主政治の制度が不十分な時代に頻発していた戦乱や謀殺、暴動などの代替と考えることもできます。フランス革命の初期を見ても政権が変わる度に処刑が頻発しており、今回の安倍晋三氏銃撃事件の比ではない程の血生臭い事案を経ないと政権交代も出来ないのです。

そんな政治の場から血生臭さを除く役目を選挙は持っていると私は思います。私は正直言えば頑固な質なので自分の考えと合わない候補者政党には絶対に票を投じたくありません。とはいえ、無言や沈黙も他人のそれを許しているような気分がするので無投票も嫌なのです。

そんな尖った私の意志を今回の銃撃事件のような形で毎回発散していったらどうなるでしょう。恐ろしい話です。それこそ国の歪みで自分の人生を歪めているようなものです。だから私は選挙には必ず行って票を投じているのです。

だから社会に不満のある人こそ有力候補とか泡沫候補とか面倒なことを考えず素直に投票すればいいのではと正直思うのです。

 

 

 

 

 

今回の記事はここまでです。

ご覧いただいた皆さま誠にありがとうございました。

 

 

 

2022年7月30日

技術と芸の違い

みなさまこんにちは。 ずばあんです。

 

本日は「技術」について話します。

 

技術といいますと資格や専門分野、教育などと関連付けられ、自分の進路や人生設計と深く関わりのある話のように思えます。

プログラミングの資格や簿記の資格、英語の能力判定や検定など大学生活や就職活動の時期にはそうした技術について強く意識しました。自動車の運転免許は言わずもがなです。

 

もちろんそれらを獲得するには勉強や訓練が不可欠です。そのために学校や教育課程、はたまた教材や勉強法指導法が開かれ開発されております。しかし残念ながらその甲斐もなく資格取得や能力向上が叶わないパターンがあります。私ずばあんもその例をいくらでも枚挙できます。

 

ではどうして上手く行かなかったのでしょうか。何が技術取得を妨げるのでしょうか。

 

今回はこの課題について、「技術と芸の違い」という論点で語らせていただきます。

 

 

どこでも通用する「技術」

 

 

まずは「技術」について語っていきます。技術は客観的に示すことの出来るものです。「言葉では言い表せない」ということはなく、言葉なりなんなり形として表現出来て、それ故に伝授教育が可能で、再現可能性をもつもの、それが「技術」です。

 

そこには個性による差は無いはずであり、真面目に勉強や訓練をやれば習得が可能なものなのです。いつでも誰もが同じようにプログラムを実行すれば同じように再現できます。

それが出来ないのであれば、その者が勉強や訓練を十分に行えていないからなのです。決して技術やプログラムそのものの欠陥ではないのです。

 

自動車教習所の教育や訓練をしっかり受け習得すれば、誰もが安全に車の運転は出来るようになります。それが出来ない時は本人の教育態度の問題であり、または本人の能力の偏りに問題が存在しているのです。

 

健全な社会の営みにも同じことが言え、社会性と呼ばれるものはひとつの技術であると言えます。礼儀作法、道徳倫理、文化教養、そうしたものは社会の構成員としてやっていく為の万人に対して教えられる技術です。もしそれが欠如しているならば、それは本人がその教育を受けてないことが問題なのです。

 

 

【天才しか持ちえない「芸」】

 

 

さて、技術とよく似た言葉に「」というものがあります。「芸」というと、工芸や芸術、芸能、芸当という言葉に入っております。それらを見て芸と技が同じようなものと考える人は少なくありません。

 

しかしながら「」というものは、その人の持ち合わせた天性というニュアンスがあります。人それぞれ個性がありますが、芸は個性に強く紐付けられ、他人に伝達・伝授できないものなのです。そのため、ある優れたどの人より抜きん出でている「芸」を持つものは天才なのです。

 

芸というのは本来教育が不可能なものです。そのため芸を引き出すためのトレーニングは実際は教育ではなく選別なのです。

例えば俳優などのオーディションは、沢山の人数を集め厳しい審査を経てそこから優れた逸材が選び出されます。

そんなことをするのは優れた芸は教育ではなく選別によってのみ見つけられるからです。

 

そして芸は再現不可能なものです。教育出来ないので当たり前です。そのため芸を持つ天才はそれ故に手厚く大切にされ、芸が光り続ける限り使い倒されるのです。

芸能人の仕事は日夜多忙を極め、大量の人員や物が芸を支え生かすために動員されます。これも芸が天才のみが持ち合わせるものだからです。スタッフに代役はいても各芸能人には代役はいないのです。

 

そのため、芸を極めようと志した人間が自分にその天才性が乏しいことを理解したとき、もうその芸の道を諦めるほか退路は無いのです。

 

 

【芸術教育なるおかしなモノ】

 

 

ここから最初に提示した「技術教育」が不振となる理由について主張します。

 

技術は教育を施せば伝授されるものであり、それが上手く行かないのは教育の実施の仕方が誤っているのです。すなわち伝えた内容に誤りがあったり、理解を誤ったりするところに技術教育の不振の原因があるのです。

 

そこから考えると技術習得が上手くいかないのは教育をやっていないからという所に繋がります。

教育をやってないといいますと、私が「天才しか持ちえない「芸」」の章で語ったことが思い出されます。芸のトレーニングは教育ではなく選別であると。

 

すなわち技術習得の勉強や訓練をしているつもりが、実は「芸」の選別のためのオーディションにかけられていたという可能性です。

 

このように、技術を伝授するように標榜しながらも実際は芸を社会のある一定の範囲で選別しているプログラムを、仮に「芸術教育」といたしましょう。

 

この芸術教育では、目標が奇才レベルの「超人芸」を習得することとされます。教育されるものはひたすらそのレベルに到達するまで時間や体力といったリソースを割かれます。そしてこの「教育」プログラムを経て選別された者は芸のある天才とそうでない凡才に分かれます。

 

凡才の場合もう芸術教育のもとで教育機会はゼロなので芸術教育から離脱、すなわち芸を諦めることとなります。

天才の場合はさらに絶え間なき競争に放り込まれ、芸の度合いを競い合います。そこでも脱落者がおり凡才と同じ道をたどるのです。

 

ここには教育もなく理由もありません。強いて言えば物言わぬ何物かがあらかじめ根源的なところで定めたものがあるのみです。何物かがひたすら存在だけをやかましく主張するものがあるのです。

 

これが芸術教育の実態とそこに潜む真の悪魔の正体なのです。

 

 

【教育なき日本は芸と共に死す?!】

 

 

いきなり仰々しいサブタイトルですが、ここからは著作「日本はなぜ敗れるのか-敗因21か条」(山本七平‚ 1975)からの引用が主となります。

 

この著作は太平洋戦争でフィリピンに派兵されたのち米軍の捕虜となった小松真一氏の当時の書記「虜人日記」の記述を元に、著者の山本七平が太平洋戦争で敗れた旧日本軍や日本社会の問題点を分析し記したものです。

 

その中で日本における芸と技術の問題が語られております。

 

まず本書において、日本軍の敗因として作戦の計画を「」や「天才」に依存したせいであると述べております。当時の日本軍の中には作戦遂行における物量の不足を天才による芸によりカバーできるという自信がありました。それは日本軍始まって以来の大勝利である日露戦争 (1904)での戦勝により肥大化したといわれております。

そして日中戦争(1937)から長い戦争が始まると、例のごとく天才を戦地に送り込みました。そして天才は戦地で文字通り使い潰され、優秀な人間は日本軍からいなくなりました。そして元より物量不足であった日本軍はその弱さが露呈し、それを連合諸国に突かれ敗北したといわれております。

 

また本書では「天才を教育すればもっと優れた兵士になる」という迷信についても論破しております。

芸のある天才がその能力を発揮するには物量が不足しているなど限定された条件が必要です。何か状況が変わると芸は壊れてしまいます。たとえそれが教育という状況であろうともです。

しかし日本人は芸を技術と勘違いをしてしまい、芸を技術教育しようとするチグハグなことを行ってきていると述べております。

 

 

 

 

ここまでが「日本はなぜ敗れるのか」の内容でした。

 

このように芸や天才に依存し教育観もそれに冒され、しまいには敗北した日本の姿が見えております。

そしてそれは今の日本にもまだあるのではないかと思われます。

 

今の日本ではいまだに芸を教育出来るものという勘違いがはびこり、芸や天才に頼りきる社会像を理想とする思想が少なからず見られます。そこには誰もが習得出来る技術を教育する考えや天才がおらずとも社会を回す思想がありません。

 

近年の日本を神聖視する言論でもこのきらいがあります。天才の出現を持て囃し、それ以外のものを穢れとして切り捨てるような傾向が見られます。教育すらも穢れとして切り捨てられているのではないのでしょうか。

 

そして天才は環境に依存します。芸は本人の個性と環境が結び付いて出現するものです。いかなる場面でも天才だという人はいませんし、いかなる場面でも通用する芸は無いのです。

それに気付いた人は天才が力を発揮できない環境の変化を誤りだとし、必死に天才のために環境を変えない努力にコストが割かれるのです。

天才を守るためか、あるいは自分や誰かが天才になるためか分かりませんが、日本で悪い意味で守旧的と称される人はこのような人達なのでしょう。

 

 

【凡人の私たちはどうする?】

 

 

ここで凡人の生き方について述べて〆とさせていただきます。

 

凡人とは芸に秀でていない天才ではない人達です。私もその一人だと思います。

私たち凡人は天才にはなれないので、芸ではなく技術を学ぶ必要があります。そのための教育が必要です。しかしながら先ほど申し上げたとおり「技術教育」の振りをした「芸術教育」が日本にはいまだあります。

その芸術教育で成果が見いだされない時には、すぐに技術教育に移る必要があると思います。

 

技術は必要な教練をこなせば誰でも習得できます。ですが芸は選ばれねばそこで終了です。長い人生において芸ばかりを追求して損失を出すことになればそれはもったいないことです。そのためまずは若い時には技術を追求してから、それから余裕が生まれれば芸術を追求する機会を経ても遅くはないと思われます。

 

【おしまいに】

 

天才の条件が何なのかは自分が天才にならない限りは分からないと思います。

何故か分からないけど天才になった。何故か分からないが凡才だったようだ。そこには教訓や教育的アプローチはなく、宝くじに当たるのと変わらないものがあると思います。

私が述べた「芸術教育」も教育ではなく博打でしかないと思います。柳の下のどじょうとはこの事です。

 

だからまずは「技術」が何かを意識して勉強しなくてはならないと思います。技術は芸のように天才の個性に依存するものでは無いのです。誰もが同じようにやれば同じような成果が出るものです。それを思えば技術を得るための勉強や教練をする上で気が楽になるかもしれません。

 

それでは最後までありがとうございました。

 

 

 

 

2022年5月18日

漫画「不死の楽園-13人の異能-」が面白い!

こんにちは、ずばあんです。

 

私はインターネットの漫画アプリで漫画をよく読みます。最近その作品でとても面白い作品を見つけました。それは漫画アプリ「サイコミ」で連載されている「不死の楽園-13人の異能-」(冬坂あゆる)です。

 

 

話の内容は、超能力者の能力を科学的に利用できるようになった日本で、超能力者が一つの施設に集められ、そこで行われる超能力者らの集団生活やクーデターを描いた作品です。

 

主人公の男子高校生・神代理久は超能力検査を受けた後日突然何者かに拉致され、愛する妹の楓と別れます。そして理久は超能力を持っていることが判明し政府の施設「パライソ」で2年間研究に協力しながら暮らしていくことが伝えられます。

「パライソ」は一見すると普通の街のようで理久を含めた13人の超能力者とその他多数の政府関係者が暮らしております。「パライソ」で理久は施設で平和に暮らしていく筈でした。

しかしその日の夜に激しい戦闘が発生し理久はそこへ向かいます。多数の死傷者が出ているようです。すると理久は何者かに襲われ殺されかけますが、理久が「殺さないでくれ」と叫んだ時相手は身動きがとれなくなりました。理久は初めて超能力を発動したのです。

理久は直後武力部隊に捕縛され、超能力者らが「クーデター」を起こしたと伝えられます。しばらくして部隊は超能力者に壊滅させられ、何故か理久も殺害されました。

しかし死んだと思った理久は無傷の状態で目覚めました。理久はそこでクーデターを起こした超能力者らと出会います。リーダーの立石凛完全蘇生能力の持ち主で、かつて一度事故死した理久の妹を蘇生した超能力者で理久の恩人でした。凛は理久の能力が「強制禁止」(理久の発した禁止事項の言葉が具現化する能力)であることを告げます。そして凛は、クーデターは超能力者を拘束し残虐な実験を強いる政府への叛逆であるとし、理久にクーデターへの参加を求めました・・・・・・

 

このように始まる作品ですが、このあと超能力者たちの政府への反逆と共に超能力者たちの人間関係や過去、思惑についても詳しく描かれ話は展開されます。

 

今回はなぜ私がこの話を面白いと思ったのかを語りたいと思います。

 

 

【「不死の楽園」のキャラクター&ストーリー】

 

不死の楽園にはいくつものキャラクターが出ております。その中でもキーパーソンを紹介します。

 

まず13人の超能力者は・・・・・・

○神代理久(16)

能力:強制禁止(「禁止」を意味する言葉で対象の物理的行動を抑える)

主人公。神奈川県に住む男子高校生。思いやりのある優しい性格。兄妹に妹の楓がいる。8年前に楓が転落死したときに凛に妹を蘇生してもらい、理久は凛を恩人として尊敬する。人の死に敏感で、超能力を持ってもなお殺人を厭う。

 

○立石凛(?歳)

能力:蘇生(死んだ人間を遺体から蘇生出来る)

容姿端麗な美少年。理知的で温厚で優しいキャラクター。パライソの超能力者のリーダーであり、超能力者に残虐な拷問や実験を加えた政府にクーデターを起こす。

「姉さん」なる人物に思いを馳せる時がある。

 

○遠藤紗希(16)

能力:重力操作(対象物にかかる重力を増減させる)

思春期の女子であり、心優しい性格。パライソの超能力者と仲良くしたいという気持ちが強く、仲間の危機に激しい感情を露にすることが多い。理久がパライソで最初に出会う超能力者。

 

○加藤美羽(28)

能力:複製(物を複製する能力)

成人女性。露出の多く妖艶さが強い身なりをしている。優しい性格でありかつ成人として未成年者の多い仲間を守ろうとする気持ちが強い。

パライソの超能力者では、凛を除くと最年長である。

 

○長村香苗(14)

能力:自然発火(感情の高ぶりや肉体的苦痛により発火する能力)

思春期の女子。普段は感情に乏しいが、凛には強い恋愛感情を抱く。凛を侮辱・攻撃されると激昂する。

幼い時に父親から虐待を受けており、激しい暴行を受け死亡するも凛に蘇生された過去がある。

 

○萩原学(14)

能力:異種合成(異なるものを合体させる能力)

男子。おかっぱの髪型で丸メガネをかけており、実験用の服を羽織る。頭脳明晰であるが、人を見下しインテリ風の態度をとる。

実家では「落ちこぼれ」として冷遇され度々折檻を受けてきた過去がある。

 

○真田匠真(13)

能力:液体置換(人工の容器に入った液体を別の液体に変化させる)

男子。ややボサボサの髪で角縁メガネをかけており、ジャケットは肩にかけている。学同様に頭脳明晰で聡明。落ち着いた性格で普段は感情に乏しい。

 

木村翔太(24)

能力:圧縮(空間の内側を全て圧縮する能力)

成人男性。若者の男らしい風貌をしている。兄貴分として頼りがいのある性格。

 

○矢島芽衣(13)

能力:テレポート(自身と触れたものを瞬間移動させる)

女子。カチューシャと長いスカートを着け、ウサギのぬいぐるみを手離さない。大人しく内気な性格。

 

○高橋湊(17)

能力:電撃発射(マイナス極を着けた場所に自分の手元のプラス極から電撃を発射する能力)

思春期の男子。長髪を後ろ結びにしている。開放的であり仲間思いな性格。仲間を傷つけられると激昂する。

 

○桜井向日葵(ひまり)(11)

能力:絶対防御(バリアーを張りいかなる外部攻撃から防御する能力)

小学生の女子。利口な性格であり礼儀正しく世話焼き。福田遼とは同郷の友人。遼とともにパライソ最年少。

 

○福田遼(11)

能力:等速狙撃(投げた物を狙ったところに等速で当てる能力)

小学生の男子。髪をツンツンに立てている。喧嘩早いが根は優しく素直な性格。向日葵とは同郷の友人。攻撃にはナイフ投げを使う。

向日葵とともにパライソ最年少。

 

○西塚廉(17)

能力:不詳

男子。細目でボブヘアーであり、ジャケットは腰に巻いている。飄々とした性格。普段は戦闘に加わらず凛らと裏方の仕事をする。能力は不詳。

 

ここまでは超能力者ですが、続いては傭兵側の紹介です。

 

○鐵丈二(36)

男性。ADAM(対使徒特務部隊)隊長。

超能力者のクーデターに際し、政府の依頼で超能力者の捕縛の任務を遂行する傭兵。理久や凛の策にかかり捕虜となり、総司令官のフィニアスに捨て駒として捨てられた身分から超能力者らに協力することになる。

頭が回り記憶力もよくそれらを様々な局面で発揮する。

またパライソの外部の人間としてパライソの異常性に気付く立場でもある。

 

○フィニアス・E・バーンシュタイン(63)

男性。通称「教授(フロフェッサー)」。PMC「シルバーコイン」トップ。目的達成を旨とし、そのためには手段や経緯を選ばない。アメリカ軍作戦担当出身。

 

○ブライアン・マーティン(64)

男性。

ナイフ使いに長けた熟練の傭兵。フィニアスとは同期で長年の相棒に等しい。過去に鐵と活動したことがある。

 

○リチャード・ジョーンズ(38)

男性。衛生兵。

とある宗教の教祖をしている。元医師であり、パラジャンパー(戦地で救護任務に当たる要員)の経験がある。凛とは面識があり「悪魔」と罵る。

 

○エミリ・ロビンソン(23)

女性。狙撃手。

男勝りな性格。狙撃手としての腕に長けている。長村との対戦のさなか理久に捕縛される。そして司令官との関係が切れ敵意がないことを確認されると理久らに協力する。

彼女もまた外部の人間としてパライソの異常性に気付く立場である。

 

ここまでがキーパーソンの紹介でした。

 

 

不死の楽園は2018年から週ごとに連載される作品ですが、ここまでのストーリーは時系列により次のように分けられます。

 

(1)超能力者による政府へのクーデターと戦闘

(2)凛の死後、外部からのスパイ侵入の疑惑と、理久への嫌疑

(3)凛の復活と凛の思惑・目的

 

(1)は超能力者に対する残虐な実験と拘束を理由に、凛をリーダーとして超能力者が政府に対し武力蜂起をする部分です。やがてそれはパライソのスタッフのみならず、政府側が派遣した傭兵部隊との戦いにも及びます。超能力者らは傭兵側から人質や協力者を得ながら戦闘を繰り広げます。

そこでは政府側のスパイ「ユダ」の存在や、凛の過去を知るものの存在とその因縁、超能力者らの価値観や思想について描かれます。

この部分の結末は凛が殺害され、「ユダ」が政府側を裏切り傭兵部隊を壊滅させるところで終わります。

 

(※以下一部要網掛け)

(2)は凛の死後、政府側のスパイの存在が問われ超能力者内で理久にその疑いをかけられるところから始まります。理久はその後疑いを張らすべく理久に賛同する者と協力し知恵を巡らせ行動します。

やがて理久の疑いが解かれ、スパイの正体がパライソの超能力者・西塚であることが分かります。西塚はパライソに来る前は連続殺人犯の過去を持ち「変身」能力で行方を眩ませておりました。ある時凛を殺害し、「凛が能力で復活したこと」をきっかけに逮捕されるも、非公式の政府との取引でパライソにスパイとして侵入しました。かたや政府を独断で裏切り、理久を利用する計画を巡らせたのです。

西塚は理久らと戦闘しましたが、理久の仕掛けた策に嵌まり再起不能にされました。

 

(3)は凛が能力で復活したところから始まります。凛は死亡した超能力者らを蘇生させ再び13人での生活が始まりました。

一方で学は、精神的な焦りで暴走し他の超能力者らに危害を加えはじめました。匠真はそれを止めるべく能力で学を制圧し対談、和解しました。

しかし学は突如凛に「完全蘇生」解除で絶命されます・・・・・・

 

この先は「サイコミ」でご覧になっていただければと思います。

 

 

【「不死の楽園」を見る観点】

 

この話は超能力者たちによる超能力バトルが主な軸となっております。故にこの話は「超能力」「戦うこと」に主眼がおかれるのです。

なおそのような要素を持つ話は他に沢山あります。「ジョジョの奇妙な冒険」「北斗の拳」「ドラゴンボール」・・・・・・人気作品の王道のようなものです。(特に本作品はDBの影響を受けております)

ですがこの「不死の楽園」はそうした物語とはまた異なるメッセージがあります。

 

それは

①超能力や生き返るチャンスを持つと人間の価値観はどうなるのか

②超能力者のトラウマと能力の発露は何をもたらすか

③戦いに酔い、慣れた人間にどのような末路が待っているのか

ということです。

 

 

まず①はパライソの13名の能力者の置かれている立場です。個々の能力者はそれぞれ強力な能力を持ち、中には(理久の能力も含め)人を殺害できるものもあります。そして生き返るチャンスは立石凛の「蘇生」能力です。これは遺体が残っていることを条件に何度でも死者を生き返らせる事が可能です。

この環境はクーデター前までは、能力者が死を伴う実験を何度も味わうことに繋がりました。クーデター以降は立石凛がリーダーの組織のもと、非道な人体実験による精神の異常とも相まって、能力者は死を伴う特攻や大量殺人を厭わなくなりました。この異常性はグループの新米メンバーの理久や、外部からの非能力者の鐵やエミリが強く感じたことです。

特に理久にとっては、自分や自分の妹を生き返らせてくれた凛への恩と、人を殺したくないという戒めとのジレンマになるのです。

 

 

②は作中設定の「超能力者はトラウマや大きなストレスを反映した能力を発露する」と関わるところです。超能力者が能力を身に付ける切っ掛けはその時に強く願った願望や深いトラウマであり、それを埋めるように能力が決定されます。

理久の能力「強制禁止」は一度楓が事故死したことに対するトラウマに呼応します。それにより不慮の死を招く要因を無くしたいという気持ちが理久に芽生えたのです。

このメカニズムは研究により明らかにされておりました。そしてトラウマやストレスを強めるごとに能力を強化できることが分かりました。故に政府は超能力者に肉体的・精神的な苦痛を与え能力の絶え間ない強化、抽出を行ったのです。そのために一部の能力者は一時正気や人間性を著しく失ったとされております。

つまり超能力者が能力を得るまでの物語が、文字通り「生産」「消費」されているのです。凛達のクーデターはそれに対するアンチテーゼなのです。

 

 

③はこの物語全体に貫かれている哲学です。

物語は超能力者の政府へのクーデターから始まり、大量に人が死ぬという残略な戦闘から幕が開けます。その中で理久は戦闘や殺人に否定的になりつつも、残虐な戦場に戦士として旅立つのです。

一方で超能力者の本当の異常性も明らかにされていきます。人が死ぬことについてトラウマやストレスを感じずさも当然な風に受け止めているのです。その違和感は理久のみならず、軍人の鐵やエミリも感じたことでした。戦場に出る兵士の視点でも殺人や死は本来は残酷で怖れることなのです。

 

超能力者が戦闘や殺人に慣れている理由は主に2つあります。

1つは立石凛の蘇生能力です。もし自分が死んだとしても遺体さえあれば凛の能力で蘇生できるのです。その為生き返る保証を持って超能力者は戦場に赴けるのです(まるでライフを無限にもつゲームのキャラクターのようです)。そこにクーデターの首謀者の凛への恩情があればなおのこと犠牲精神から聖戦を厭わなくなるでしょう。

2つ目は残酷な実験による人間性の破壊です。これは最大限の肉体的精神的苦痛を与えられるほか時にはストレス耐性をわざと下げるという、どこまでも痛みを超能力者に与えるものでした。これは一部の超能力者の人間性の崩壊を招き、道徳倫理観の歪みの一助となりました。

 

そうした現実を鐵やエミリらに突きつけられた超能力者は戸惑いの念を示しました。そして戦士としての奉公を誓った凛に対する感情もまた揺らぐのです。

 

 

 

この2つの点から導かれる本作の総合的なメッセージは、「過去に生命を救われた恩人のために超能力を以て残酷な戦いに奉じることや、恩人との関係には果たして疑わしいことはないのか」という点です。

 

私はこれは少年漫画というよりは青年や成人のためのメッセージに思えます。成人になると義務や責任が多くなります。その中でを主張する人間は少なくないですが、その中にはわざと恩着せがましいことをする人間もおります。そして、自分もその手口を想像する事が易くなり、他人との関係でそれを絶えず疑わざるを得なくなります。

 

戦うことの意義や戦士の生き様の素晴らしさを説かれる戦記は多くあります。

しかし戦闘に対する強い疑問を拭いきれないまま恩情や仲間意識から戦場に投げ出され、そして汚くグロテスクな姿を晒すリアルな戦記はあまり見たことはありません。

(戦争へのロマンを抱きつつも最終的に行路や戦地でそれらを打ち砕かれるという例ならばドイツ映画「Uボート(Das Boot)」(1981)が思い浮かばれますが)

 

 

現在本作の展開は裏から手を回す人間の手口に気づき、それに抗おうとしている段階です。この先物語はどのように展開するのでしょうか。

 

 

【私がこの作品を好きな理由】

 

私がこの作品を好きな理由は、激しい戦闘や恩義、忠誠を描きつつもそこに生まれる疑問や矛盾を拾い上げクローズアップしているからです。

 

「不死の楽園」の作品名を見ると、不死の保証をされた主人公らが凛への恩義恩恵の元に「楽園」作りのための激しい聖戦に身を投じる話のように最初は思えました。

しかし物語が進行するにつれ、第1話から理久が感じていた超能力者らの価値観や残虐性への違和感は解消するどころかどんどん大きくなり、遂には疑惑にまで至ります。

これは恩義のためならどんなことをしても良いのか恩恵を受けそれに報いる関係は手放しで喜べるのかという疑問を浮き彫りにしております。

香苗は虐待による絶命への危機から凛により救われ並々ならない恩義や愛情を感じております。しかしそれは凛に対する執着や依存心に至り、凛を侮辱した者を仲間でも殺害しようとする程の危うさを持ちます。

芽衣は凛の能力の元でクーデター成功のために生命を賭けて戦地に挑みますが、エミリらにその異常性を指摘された時に困惑しました。

 

(※以下要網掛け)

 

立石凛の復活後は特にその関係性への疑念が強くなりました。凛はクーデターで倒そうとしていた筈の政府の関係者と内通していることが分かりました。また凛は蘇生解除で萩原学を絶命させたり、その発動条件や理由などの説明が仲間に対して完全になされませんでした。そして凛と超能力者らの初めての出会いも偶然ではなく政府から情報を予め得ていた可能性を凛は匂わせました。

 

こうして凛の陰謀は、上の蘇生やクーデターによる恩義や恩恵に対する凛への奉公という構図を瓦解させました。そしてそれらを掌で操っていた凛の目論見に物語の焦点が当てられました。

 

ここまでの一連の話の流れは主人公らにとってはあって欲しくないこと、あっても言ってはいけないことの中に入ると思います。

しかしやはりここまでのことをやってのける姑息な人間がいることも事実です。人の人生の物語につけこみ、自分の思惑のために他人を生け贄にしようとする存在。その悪魔は一体どんな顔をしてどんな出会いをするのでしょうか。その悪だくみは本人の中でどのように考えられているのでしょうか。

そしてそんな存在と関係を持ってしまった人々はどのように立ち向かえばよいのでしょうか。

 

 

この問題提起は、実際にその地獄にはまらざるをえなかった人に響くと思います。こうならない方がましですが、まずそれが示される筈がなかったであろう人々に残されたのはそこから逃げ出すことでした。

だからこそ理久はこの美しく甘く香り輝いている「地獄」に送り込まれ、そこからみんなと一緒に抜け出す使命を帯びているのでしょう。

 

 

【おしまいに】

 

 

今日は漫画「不死の楽園」の紹介をさせていただきました。この作品は私が昔から今まで感じてきたことや疑問に思ってきたことが盛り込まれ、久々に深くのめり込んで読んだ作品でした。

 

単なる能力バトルではなく、各キャラクターや集団の道徳、倫理観について緻密に拾い上げる人間ドラマ・成長ストーリーを描いております。それも超能力を持って異種の人間になるという流れよりは、普通の人間として大切なものを超能力者らによるクーデターで見つけていくストーリーになっております。

 

「不死の楽園」というタイトルをここで改めて見ると、その意味について考えさせられます。不死になる、楽園で暮らす、それは理想なのか皮肉なのか、皆さんはどう思われますでしょうか?

 

作者の冬坂あゆる先生は、今月自身のTwitterで本作の最終話の原稿を製作していることを発表しております。そのためこの「不死の楽園」はあと数話で結末を迎えることになりそうです。

 

最初にも申し上げましたが、現在(2022年3月)「不死の楽園」は漫画アプリ「サイコミ」で連載しており、無料で閲覧できます。単行本も現在10巻まで出されております。

 

 

それでは最後までありがとうございました。

 

2022年3月13日

 

 

(22/4/3追記)

 

「不死の楽園」最終回は3月27日に「サイコミ」にて先読み限定でアップロードされました。来週土曜日4/9には無料で閲覧可能となります。

また4/3からスペコンで3週連続でキャラクターのより詳しい設定に踏み込んだ漫画が発表されます。(要ポイント)

 

本連載、スペコン共に「不死の楽園」をお楽しみいただけたらと思います。

 

2022年4月3日

 

岡田斗司夫の「いい人戦略」

こんにちは、ずばあんです。

 

今回は「いい人戦略」について語ります。

 

いい人戦略」とは実業家の岡田斗司夫さんが唱えている処世術であり、今年に入ってから岡田さんのYouTubeニコニコ動画ではこのいい人戦略に関する配信が頻繁されております。

 

いい人戦略」は名前の通りいい人として見られるための戦略です。いい人になることにより様々なメリットがあります。いい人戦略はこれまでいい人ではなかった人も実践できるものです。

 

このいい人戦略について、具体的にどのようなものなのか、そして私がそれをどのように思うのかを説明したいと思います。

 

 

【いい人戦略とは?】

 

いい人戦略とは「いい人」を演じて、社会的に居場所を確保する戦略のことです。

社会生活では存在価値を示される場面が少なからずあります。その存在価値には実力や地位など様々なものがありますが、岡田さんはその内の「いい人」のキャラクターに徹することは簡単であると言われました。

「いい人」になるにはいい人として見られる「するべきこと/するべきでないこと」すなわち「いい人戦略」を実行するだけでいいとし、誰もがすぐに出来ることだと言われました。

 

いい人戦略については岡田斗司夫さんのYouTubeアカウントでアップロード(無料、一部有料)されております。(→リンクhttps://youtu.be/hB5ncWZvVbw )

 

これによりますといい人戦略はいい人の性格になるのではなく、いい人ではない人がいい人を演じるための戦略であると説明されます。

 

いい人戦略の内容は「4つのするべきこと」と「6つのするべきではないこと」から構成されます。

 

まず4つの「するべきこと」は

①共感すること

②誉めること

③応援する、手伝う、助けること

④忘れること

です。

 

続いて6つの「するべきでないこと」は、

(i)欠点を探して指摘する

(ii)改善点を提案する

(iii)陰で言う

(iv)悪口や批判で盛り上がる

(v)悲観的・否定的な態度を隠さない

(vi)面白い人、頭のいい人、気の合う人だけで集まる

です。

 

このいい人戦略を実行するべき理由は、ここ数年で一般社会での「クリーンさ」「清潔さ」に対する要求が急速に高まったからと岡田さんは説明します。乱暴な口振り、本音としての辛辣で差別的な発言、暴力的な行為・・・・・・そうした「汚れた」「粗野」な立ち振舞いが長い時間かけて忌避されてきた流れが近年はより急速になったとのことです。そして一昔前の「本音としての生々しく粗く薄汚れたものこそ素晴らしい」という価値観は最早時代遅れとなったと述べております。

そのなかで「いい人戦略」は誰もが実行できまた実行すべきものであると述べました。

 

そしてこのいい人戦略に対する懸念事項についても一つ一つ説明し、いい人戦略を実行する方が実行しないよりも得であることを強調しました。

 

 

【「いい人戦略」に思うこと】

 

私はこのいい人戦略は特にしない理由がなければした方がよいと思いました。

 

人間関係のトラブルというのは幸福感の減衰に影響する大きな要因です。社会生活において人と全く接しないことは不可能です。そのため人間関係で摩擦を起こさないための、何でもない他人との接し方としてはいい人戦略は理想的です。

今はネットなどを通じて多くの人と関わる時代となり、何でもない人との関係を無視できない時代となりました。何でもない人との関係が幸福感を左右するようになったのです。

この事は「幸福の資本論」(橘玲)でも述べられております。リアルでの人間関係に加え、物を通じた人間関係サプライチェーン)、インターネットを通じた人間関係で幸福感をコントロールする時代になったのです。

 

何よりもいいポイントは、「いい人を演じる戦略」であるということです。

人間の性格は個々人で別々でありそれを改めることは難しいです。そのため「いい人になる」のは大変なことなのです。

一方で「いい人のフリをする」のは簡単です。内面を大きく改造することを要しないからです。外面のファッションとしてのいい人戦略は適切な方法であり、寧ろその自覚がある方がうまく機能するのではと思いました。

 

私もいい人戦略に似たことは新天地でやったことがあり、その効果は凄まじかったと思いました。私のことを「いい人」として見てくれる人は多く、それによりいい関係を築けた人は多かったと思います。

 

 

一方でいい人戦略の知っておくべき限界についても把握した方がいいと思いました。

 

まず、いい人戦略は親しい人付き合いをするための戦略ではありません。いい人戦略は親しくない何でもない人の前で上手く立ち振る舞う方法であり、それ自体に親しみを深める機能はありません。

 

ただ、いい人戦略は本来自分が親しくなってはいけない人を親しい関係から避ける機能はあります。6つのするべきでないことには、自分の幸福感を汚濁し搾取する人間を親密圏に持ち込まない働きがあります。

 

もし、自分と親しい関係になるべき人間がいるのならば「いい人戦略」をしていても自然に親しくなるはずです。いないならば別に構わないのです。

岡田さんは別の配信で「友達は作るな。友達は勝手に出来るもの。」とおっしゃっておりました。真の友達はいい人戦略をとり続ければ勝手に出来るというのが岡田さんの考えなのです。出来ないのはその場所のせいであり、違う場所に手を広げるべきということなのです。

 

 

【おしまいに】

 

これは一般で語られる人間関係の構築方とはかなり違うやり方です。最初から何の説明もなくこれをやらせたら色々と勘違いしやすいのではとも思いました。

孤立主義でも八方美人でも博愛主義でもない誰にでも今すぐ出来そうな処世術がこのいい人戦略なのです。

精神や身体が壊れるまで無理をさせる訳でもないこの「いい人戦略」はどの人にも勧められる方法かもしれないと思いました。

 

確かに親しい関係で生まれる幸福感は、もしそんな関係があるうちには望ましいと思います。しかしそれがない内は、何が親しい関係でその条件は何かという大いなる虚空に等しい問いが無尽蔵に出てきます。親しい関係を作るための賭けも同じく無限大に出てくると思います。

それよりは今ある関係性からスタート出来るこのいい人戦略がより現実的だと思いました。

 

今回も最後までありがとうございました。

 

2022年2月15日

【読書感想】「日本教徒」イザヤ・ベンダサン&山本七平


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こんにちは、ずばあんです。

 

本日は読書感想で「日本教」(1976年)を紹介します。

 

著者はイザヤ・ベンダサンという神戸生まれの外国人で、訳は山本七平と本書で紹介されております。

 

日本教徒」では日本人の宗教観や精神性を「日本教」として説明します。

日本教とは著者のイザヤ・ベンダサンが分析し発見した、罪科血統主義自然主義の考えを下敷きにした日本人の信念のことです。いわばキリスト教イスラム教の信者が一神教の教えで満たしている精神部分に、日本人が埋めているものです。

 

この日本教は今から400年前の日本人である不干斎ハビアン(ふかんさいはびあん)〈1565-1621〉という人物の著作や遍歴から分析されました。ハビアンは若い頃にキリスト教徒となり、キリスト教を賛美しその他の儒教・仏教・神道を批判する著作を出しました。しかし40代の頃にハビアンはキリスト教を棄教し、一転キリスト教を批判し始めます。そしてその後はその他の宗教に帰依せずハビアンは生涯を終えます。

このハビアンの宗教的態度の変化の理由とその本質についてベンダサンはハビアンの「天草本平家物語」「妙貞問答」「破提宇子(はデウス)」の三著作などから分析しました。

 

それらが詳しく語られるのがこの「日本教徒」です。日本教とは一体何のことで、その信者は何を考え、それらがハビアンをどのように動かしたのでしょうか。

 

 

【内容】

 

まずはこの本の概略を説明してから、本書の内容を説明いたします。

 

この本はまず不干斎ハビアンの生涯を著作や宗旨、思想を紹介しつつ語ります。

続いてハビアンの著作「天草本平家物語」の登場人物の動きから、「施恩」の考えを下敷きに「」「」「世捨て」「謀叛」の思想を語ります。それとハビアンが述べた「十戒」(「モーセ十戒」とは異なります)と併せて、ハビアンの勝者/敗者観を語ります。

そこからハビアンの著作「破提宇子(はデウス)」からハビアンがキリスト教を棄教した理由としての「日本教自然法」の考えを述べます。

さらにキリスト教日本教での「殉教」と「告白」の考えの相違についてハビアンの著作の引用とともに語られます。

そしてハビアンがキリスト教をも捨てた後の宗教的態度について、それと類似する貝原益軒の「大和俗訓」を引用し語られ本書は〆られます。

 

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不干斎ハビアン禅宗の僧から母とともにクリスチャンに転身しました、クリスチャン時代のハビアンは「天草本平家物語」「妙貞問答」などの著作でキリスト教の賛美や日本古来の神道儒教・仏教を非難をしました。また林羅山などの儒学者と問答を受ける経験もしました。しかし後にハビアンはキリスト教を棄教します。その後はキリスト教弾圧に手を貸し、「破提宇子(はデウス)」ではキリスト教を批判いたしました。

 

このハビアンの宗旨の変化の理由についてベンダサンは「天草本平家物語」「妙貞問答」そして「破提宇子」から読み解きます。

なおベンダサンのハビアン分析は、日本人は物事の本質について具体的言葉に表さず、変わりに「○○ではない」という消去法で本質を表すという特徴のもとなされます。そしてハビアンの信仰態度は、自身の思っていることを宗旨に代弁させるという「グノーシス現象」であるとしました。

 

 

草本平家物語」から次のエピソードが引用されます。

平家の平清盛に寵愛された白拍子(歌舞芸人)・妓王(ぎおう)が、清盛を訪ねた白拍子・仏御前(ほとけごぜん)が門前払いにされるのを引き留めます。そこで清盛に舞を披露した仏御前は気に入られます。そして仏御前は恩のある妓王について声をかけてくれるように清盛に尋ねました。しかし仏御前に心移りした清盛は妓王を追放しました。妓王は忸怩たる思いで清盛から去り母と妹と出家します。

 

この妓王の話からベンダサンは「」の考えから日本人の関係性に恩を施す&受ける関係として「施恩/受恩」の関係性を見ました。それには人々は恩を受けたという「債務」を自覚しなくてはならず、施恩した側はそれを権利として認識してはならないとしました。

それにもかかわらず施恩をした側が受恩した側に見返りや代償を求め、誰かを不幸にすることを「」としました。また恩を拒むことを主張して誰かを不幸にすることを「」と呼びました。

平家物語について清盛が恩を売った過去を権利の主張の根拠としたことを「」としました。そして、妓王が清盛の恩着せがましさを指摘してそれで誰かに迷惑をかけるのを危惧することを「」としました。

 

日本人は罪科の感情から契約の概念を身に付けられませんでしたが、一方で「世捨て」という身分の転身は可能でした。ヨーロッパや中東では近代まで厳格な階級制度が続き、それらとは対照的でした。

平家物語では妓王は近江国の農家出身でそこから舞踊芸人となり権力者清盛の愛人になり、さらに出家して宗教人となります。この身分を越える度重なる転身は日本独特の「世捨て」を表します。

そんな浮動的な身分に対して日本人が帰属意識の根拠としたのが「血縁」でした。日本では絶対的な契約や身分がない代わりに「血縁」が絶対のものとされたのです。

 

さらにベンダサンは「謀叛」の話をします。平家物語の終盤の源頼朝源義経を「謀叛」を理由に暗殺するストーリーを引用します。

頼朝が義経を「謀叛人」と見なした理由は諸説ありますが、それは義経血縁を無視し裏切り先程の「」や「」に触れたからと述べられます。

かたや義経の例と異なり、豊臣秀吉明智光秀への謀叛は、光秀の織田信長への罪科たる謀叛を世を代表して断罪するものとして好意的にとられたと述べられます。

 

続いてベンダサンは「ハビアン十戒」「破提宇子」を引用し、日本人には「自然」の思想があるとしました。「自然」とは手を加えられざる物事の道理で、それに従うものは成功し逆らうものは罰せられるとしました。自然には先程の「罪科」「血縁」の思想が含まれ。それを守り犠牲になることが望まれるべき「殉教」としました。かたやキリスト教の教えに則る殉教は自然の考えに触れるものとし、ハビアンは「自然を代表した謀叛」を理由にキリスト教を棄てたと語られます。

 

キリスト教にはイエス・キリストに対して自分の罪を告白する「コンヒサン」、その罪を深く懺悔する「コンチリサン」という考えがあります。この儀礼についてベンダサンは、ハビアンは日本の自然の世界においてキリスト教という「謀叛人」に帰依した「罪科」とキリスト教に対しては懺悔の念が無いことを告白したとしております。

 

またキリスト教には世界宗教としての使命が当初よりあり拡大主義をとってきたものの、少なからぬ衝突や惨禍を経て後世に行くに従い穏健な手法に落ち着いたとベンダサンは述べます。かたや日本的な自然の考えに基づく普遍主義は拡大や外部との衝突の経験がないまま進んできたとも述べられます。そのため日本ではキリスト教は事実上仏教的思想を排せずに信じられたとされます。

 

最後に、ハビアンが仏教神道儒教を棄てキリスト教をも棄てた先に信じたものを、ベンダサンは貝原益軒の「大和俗訓」を引用して語ります。「大和俗訓」は日常生活の礼儀作法について儒教の視点から指南するものです。

(終)

 

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ここまでがベンダサンの「日本教徒」の内容でした。

 

これは不寛斎ハビアンという人物の一生の遍歴の紹介ですが、それにより今と変わらない日本人一般の「信仰的態度」について説明しております。キリスト教の教えやその信者の態度と日本人の思想・信仰を対象比較することにより、日本人の中にあり日本人が自然培養した「日本教」そして「日本教」の本質を明らかにしているのです。

 

そして「日本教」はその後のベンダサンと山本七平の著作に出てくるキーワードとなり、その中での日本人論の根拠とされました。山本と対談した小室直樹の著作でもそれは引用されております。

 

 

なおこの本の著者であるベンダサンですが、実はこの本の編者の山本七平のことです。つまりこの本は山本七平の著作なのです。ベンダサンは「日本人とユダヤ人」の著者として初めて世に名前が出されますが、その姿を世に出したことはありませんでした

後に山本は、ベンダサンは自身のことであると明かしました。そして初出の「日本人とユダヤ人」については、実際は山本と複数人の外国人の会話から生まれたと述べております。

 

 

【感想】

 

この著作は日本人が本当は宗教信仰をどのように考えているのか、そしてそれにより何が起こるのかを表しております。

そしてそれは日本人である私自身の自己分析でもあると思いました。私にはある一定の宗教的思想がありますが、それが客観的に見てどんなものなのかを確かめるには有力なものがあると感じました。

 

ここでは私や周りの人々が宗教を語るときの場面を用いながら、本書の感想を述べます。

 

 

①宗教や信仰は「素晴らしい」のか

 

本書に出てくるハビアンは禅宗門徒からクリスチャンに転向し、クリスチャンである時期にはキリスト教を「素晴らしいもの」として信仰しておりました。かたや従来の日本での神道や仏教、儒教を非難しました。それは「妙貞問答」などの著作でも記されております。

 

しかしハビアンは一転してキリスト教を棄教すると、「破提宇子」などでキリスト教を非難し激しい批判をします。その理由はキリスト教がハビアンの「自然の理」に従う生き方や血族を守らずむしろ犠牲を強いてきたからというのは先程述べた通りです。

これによりキリスト教はハビアンにとって「素晴らしいもの」ではなくなったのです。

 

すなわちハビアンや日本人にとって宗教や信仰は「素晴らしい」ものという前提があるのです。そのため素晴らしくなくなった時からそれは宗教や信仰ではなくなるのです。

 

これはキリスト教圏やイスラム教圏での宗教の考えとは異なります。それらの信仰の強い地域では宗教とは始めから生活や社会全体にあるものであり、素晴らしい素晴らしくないで信仰を選べるものではないのです。

近年ヨーロッパを中心に神や宗教を否定する無神論者の割合が増えております。それは神や宗教が覆い尽くす世界からの脱出を企図したものです。そのためその地域の無神論者はキリスト教に対してどうしても全力で対抗する姿勢になるのです。そして無神論者の転向理由も「素晴らしい生き方をしたい」というよりは「自分が納得のいく苦楽を背負いたい」という覚悟によるものです。

 

 

「素晴らしい」ものを選びとる日本人の信仰態度ですが、私はその宗教的態度について疑問を覚えるところがあります。

 

日本教における「宗教」あるいは「信仰の自由」というものは、現世で苦しいことが少なく幸せの方が多い生き方をすること、あるいはそちらに流れることとされます。そして、そこには大いなる不幸や不平不満などそれに背くものはあってはならないという考えが暗に含まれます。

 

しかし現実の世界には止めどなく襲う不幸や理不尽は多くあり、それを何でも解決することは出来ません。コロナ禍のような病気や戦争、環境汚染など人間に善悪の分なく襲う不幸はあまたあります。それを素晴らしいということや自然にありがたがることは難しいです。どんなに擁護しても擁護できないものです。

 

とはいえそんな世界に直面せず逃げ回りすぎても人々は不幸から離れたと勘違いするだけです。本当は不幸な世界に直面し、適切な対策や処置が必要なのです。その覚悟が本来の「宗教」であり、人々が直面すべき精神次元であると思います。

信仰の自由も、自分の心の中のその次元に直面し個々人の生き方を決定することを誰にでもどんなものでも許すことであると思います。

 

したがって日本教や宗教の話は「素晴らしいお考え」を選びとる次元の話ではなく、グロテスクで陰惨なものを誤魔化さず受け止めるところの話なのです。

 

 

②「日本教」の意義は?

 

日本教とは、日本人の処世術的・現世利益的な宗教観に対してベンダサン(山本七平)が示した、日本人の心の奥深いところにある心理を表した概念です。

 

私はこの日本教を「日本人が背負った原罪の一側面」と考えております。

原罪」とはキリスト教での概念であり、人間が人間として生まれたときに当初より持っている罪とされます。人間は原罪により悪や罪を成すものであり、それを贖い善い人間になることがキリスト教を信じる意義であるとされます。

私は日本人でクリスチャンではありませんが、この原罪というものが私の中に無いとは言い切れないのです。

 

これまで生きてきた中で自分の潔白無罪を信じられなかった場面は数多くありますが、その理由はいわゆる原罪にあると思いました。

「自分は人の見えるところで罪は犯さなかったが、真実の善に対しては罪を犯したかもしれない」「不幸に遭うのは真実の善に背いたからであり、不幸は自分の悪の証明だ」「幸せになるには真実の善と悪を見極め従わなくてはならない」「真実の善が分からない内は見捨てられて当然だ」

そんな考えが度々思い浮かびました。これは本来の原罪とは異なりますが、日本人の精神の構造においてキリスト教の精神の構造の「原罪」の部分に相当するものであると思います。

 

この日本教は日本人が処世術的・現世利益的な物のみを宗教と呼び、それで誤魔化したの部分であると私は考えます。

私もこの部分を誤魔化してきた自覚はあり、それにより自分の心の健康や社会的生活を破壊してきた部分があると思います。ただ自分が傷つくだけならともかく、苦しむ人を救えなかったり見捨ててしまったりという弱さに繋がったと思います。

 

とはいえこれをすぐに消せるものではないと思います。日本教は日本の温帯湿潤気候や変化に富む季節などの風土の影響を受けており、個人の意識で消せるものではないのです。

そのため日本教は日本人に残された「試練」や「原罪」の権化であると私は考えます。ブログ記事「因果応報と予定説」で述べましたが、日本人は包摂し守られるだけではなく放埒に人生を破壊され見捨てられている現状があるのです。それを自己防衛や共助により守るにせよ、脅威として認識し対策をとるべきものとして常々考えなくてはならないと私は思います。

 

 

③処世術と宗教の違い

 

先程私は処世術や現世利益的なもののみを宗教と呼ぶことを批判しました。しかしそれは処世術や現世利益的なものを得ることを批判しているのではありません。むしろそれはそれで無くてはならないものなのです。

 

この本の最後で紹介された貝原益軒の「大和俗訓」は日常生活の作法や礼儀、精神の具体的方法を示す著作です。これは儒教の視点から書いたものです。儒教とは中国で誕生したもので、円滑な社会生活の送り方について具体的形式的な方法を示したものです。日本でも古代に流入し今なお日本人の生活に影響を与えております。「大和俗訓」も現実の生活が上手くいくための具体的な知恵を授けるものなのです。

 

それでは、最早それ以外のことを考えなくていいのかというとそれもまた問題があると思われます。人間の心の奥深い部分で流れる感情は時に大きなうねりを見せます。それは体調不良や精神疾患、社会生活の不全という形で現れるのです。

どんなに日常生活を綺麗に取り繕っても、最後に残り続ける不幸脅威はあるものです。それを誤魔化せば誤魔化すほど不幸は増大化します。それに目を向ける営みが宗教なのです。

 

しかし、そこで処世術と宗教的営みがバッティングすることがあります。それはお互いがそれぞれの領分を侵略しようとしているからです。宗教は現実生活に食い込もうとしますし、処世術は精神の奥深い所に入り込もうとするのです。

それぞれ自然に任せて勝ったところを接収するのが日本人的には聞こえがいいですが、衝突する時点でもう「詰み」なのです。

 

私が思うに上のような衝突を避けるためにまずは処世術の方が先立ち、それで解決できない部分は宗教的な営みで解決するのが一番と思いました。これはハビアンの晩年の生活とまだクリスチャンだった頃とを両立させたものです。

 

日本と中東、ヨーロッパの風土を鑑みるに、キリスト教イスラム教をそのまま処世術として持ち込むのは難しいと思われます。しかし日本人の生活が近代化して初めて噴出した問題に対応するために学ぶべき概念は少なからずあると思います。キリシタン文学で有名な遠藤周作の著作にはこうした相克に立たされる日本人の姿が描かれ、現代日本人の心の闇や現実の生活が細かく記されます。

 

そのため生活を優先しつつ人生をも大切にする生き方がどの人にも大切であると思いました。

 

 

【おしまいに】

 

私が初めて「日本教」という言葉を見たのは山本七平小室直樹の「日本教社会学」(1981)を読んだときでした。

その時の感想はすでに記事にしましたが、今回はこの「日本教」について遡って調べようと思いこの本を読みました。

 

日本教」についての考えについて私は述べて参りましたが、私は「日本教」を敵視しているわけでも諸悪の根元と言いたいわけではありません。私の中にもある日本人の心というものを分析する上で避けがたいもの、絶対に逃げてはいけないもの、それが私にとっての「日本教」なのです。

 

そこから逃げた先には、「自分が信じているものが汚いなんてあり得ない」「自分が汚い存在なんてあり得ない」「自分が反省するいわれはない」という倒錯が待っております。

かつてオウム真理教の各種事件がありました。オウムは仏教などの各宗教の良いところだけを集めそこに教祖・松本智津夫麻原彰晃)への個人崇拝を織り混ぜ、見かけ上「素晴らしい宗教」に仕立てたものでした。

オウムには高学歴の学生を含め多くの人々が入信しましたが、その人々の奥底には「日本教」の呪いがあったのではと思います。

ハビアンの場合は世界宗教の歴史を持つキリスト教でしたが、それを求めた心はオウム信者の例と変わらないと思います。それゆえにオウムにより後悔させられた信者が不憫に思われるのです。

 

私はそうした「カルト宗教」には物心ついてサリン事件を知ってからはずっと警戒してきました。ですがそれを渇望する精神が全く無かったわけではなく、それを埋めるために今まで苦労してきました。「日本教」は私の中にもありますし、それを無視して自分や身を滅ぼしたくないと思います。

 

今回も最後までありがとうございました。

 

 

2022年2月13日