ずばあん物語集

ずばあんです。作品の感想や悩みの解決法などを書きます。

みんなと仲良く ~「友達」は必要なのか~

皆様こんにちは。ずばあんです。
今コロナで大変な時ですので、人との接触が少なくなった方がほとんどと思われます。私も家から出ない日が一週間以上になりました。寂しい思いをされており、友人と遊ぶ日を待ち望む人は少なくないでしょう。

こんなとき友達の有り難みを覚える人は少なからずいらっしゃるでしょう。一方で「友達」はいないという人もいるかもしれません。自分には普段親しくつるみ行動するような人はいない、だから友達はいない、と考えるような・・・。しかし、そこで悲観することは無いと思います。友達は多ければいいわけでもないし親しければいいわけではないからです。その逆もまたしかりです。

人間は人間関係無くして生きていけない生き物です。一人で出来ることには限りがあるものの、それだけでは生きていけないので、他の人の力も借りなければならないからです。人間関係とは他の人の力を借りて、自分も力を貸し皆で生きていくために築くものなのです。
友達が多いことが理想とされるのはその為です。友達が多いほど助けてもらえる確率は高くなるからです。ズッ友や地元の友達がいる場合幸福度は高くなりますし、生存可能性は高くなります。そのため大人は子どもに友達がいることの大切さや素晴らしさを語るのです。

しかし、そのような理屈で友達ができれば苦労はありません。各人は個性を持つ個人ですので、相性の良し悪しは当然生じます。相性の悪い同士が友達になろうとすれば、不和が起き関係性はどんどん悪化し最終的に破局することになります。関係性を維持するコストがメリットを上回るからです。それに、自分にとって相性のいい人がいつもいるとは限りません。沢山いる場合もあれば、全くいない場合もあります。かくいう私も友達がいつもいたわけではありませんし、ズッ友と呼べる人はまずいません。

では友達が出来ない人は、もう幸せを諦めるしかないのでしょうか。もし友達がなかなか出来ない人がいたとすれば、その人は 友達を作って幸せになるという道を諦めなくてはならないでしょう。

ですが、友達と言わずとも同級生、同僚という関係性ならどうでしょうか。それでいいのならば、まだ気が楽になるかもしれません。それで生きていけるのであれば、何の問題もありません。人間関係は自分が生きるために、幸せになるために築くものです。適度なコストで、相応の見返りがあるのならばそれに越したことはありません。そこから無理にそれ以上を求めることはないのです。今が最高の状態なのですから。

ここまで聞くと私はドライな関係が理想だと思われるでしょうが、そうではありません。人間関係というのは、常識や礼儀を守っていれば、自然に築かれるものなのです。それが疎遠な関係であれ、親密な関係であれ、それに従い礼を尽くせば人間関係は上手くいくものです。友人が多いわけではない私ですが、それでも孤立することはあまりありませんし、周囲の人々とお互いに助け合いながら生きています。

それに今の社会は容易に人間関係を築きやすくなっています。人やモノ、情報の交流がますます活発化し、人間関係を築く上での制約が少なくなってきたからです。今皆さんが使っていらっしゃるインターネットがまさしくその証拠です。
そのような誰とでも繋がれる時代に、無理にどの人とも親しくすべきということはない筈です。お互いに親しくできそうな人同士で親しくすればいいし、そうでない人同士でもそれなりの距離感ならばずっと繋がれるものです。

したがって、自分と各人との相性を見極め、それに適した人付き合いをすればいいのです。どの人とも親しくするべきということはありません。程よい距離感が長い関係を生み出すのです。もしかしたら、その中から本当に「友達」といえる人が出てくるかもしれませんが・・・。

さてコロナの予防のために人との距離感を取ることが求められている今の状況ですが、それでも私たちは団結出来るはずです。なぜなら私たちは誰とでも繋がる方法を持っているからです。コロナ終息に向けて一緒に頑張りましょう。私たちはいつでもどこでも皆一緒です。

2020年4月30日